弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 権田 健一郎

はじめに

子ども間のいじめでは、被害者である子どもの財産・身体・生命に被害が生じることが多いです。
そのように生じた被害については、訴訟などにより正当に回復を図ることも大切です。

子ども間のいじめは、状況によっては訴訟提起が可能です。以下のようなケースでは、訴訟を起こしたほうがよい場合があります。
•学校側が全く対処してくれない
•傷害・窃盗などの犯罪行為を受けた
•怪我や自死などの重大な被害が生じた
•被害者が精神的なダメージを受けた
•加害者がいじめを認めない
•民事調停や示談でいじめが解決しない
•加害者に反省が見られない

いじめに対する訴訟をすることで、裁判官にいじめの有無の判断をしてもらい、損害賠償を請求することができます。また、副次的効果としては、いじめの事実を公にすることができます。
ただし、訴訟の際には、証拠を求められ、事実が公になることで、被害者である子に過度な精神的な負担がかかってしまったりする可能性がありますので、訴訟を提起するかどうかは、子や弁護士とも十分に相談した上で、慎重に判断しなければなりません。
この記事では、いじめの訴訟について詳しく解説します。

いじめ訴訟をするメリット

いじめに対する訴訟をするメリットは、主に以下2つです。

(1)金銭的な損害賠償を請求できる

損害賠償とは、特定の行為により損害を受けたときに加害者に損害を賠償してもらうことです。例えば、いじめによりケガを負ったり精神的苦痛を受けたりした場合は、通院費や慰謝料を請求できる可能性があります。
いじめの訴訟で請求することが多いのは、実際にかかった治療費、保護者が通院に付き添った場合の付添費用、通院したことに対する慰謝料、被害者がなくなった場合は遺族固有の慰謝料などです。

(2)いじめの事実を判断してもらえる

訴訟をすることにより、裁判官にいじめの有無や程度を判断してもらうことができます。また、いじめが認められれば、いじめがあったという事実を世間に知らせることができます。特に、いじめによる不登校の期間が長かったり、いじめにより被害者が亡くなったりした場合のように重大なケースでは、新聞やテレビなどのメディアによる報道がなされることもあり、それだけ社会の注目を集めることになります。いじめの事実を公表することで、加害者側や学校側に反省を促すことも期待できるかもしれません。

いじめ訴訟にかかる費用

いじめに対する訴訟を提起する際は、通常、弁護士に依頼して手続きをすることになりますので、弁護士費用と裁判所に収める費用がかかります。以下は、裁判所に収める費用と弁護士費用の目安です。

(1)裁判所に納める費用

裁判所に収める費用として、収入印紙代という手数料と、郵便切手代(約5,000~6,000円)がかかります。収入印紙代は、請求額によって、下表のように変わってくるので、注意してください。
収入印紙代

相談時間 電話受付
0~100万円 10万円ごとに1,000円
100~500万円 20万円ごとに1,000円
500~1,000万円 50万円ごとに2,000円
1,000~10億円 100万円ごとに3,000円

(2)弁護士費用

弁護士報酬については、各弁護士によりいくつかの体系がありますが、一般的には、着手金・報酬金方式がとられております。着手金とは、事件に着手する時にかかる費用であり、報酬金とは、事件の成果に応じてかかる費用です。

すでに撤廃されましたが、以前、日本弁護士連合会が定めていた報酬規定によれば、経済的利益(=請求額)が300万円以下の場合、着手金は8%、報酬金は16%、経済的利益が300万円を超え、3000万円以下の場合、着手金は5%+9万円、報酬金は10%+18万円、などと定められていました。この規定を踏襲しているケースは少なくありません。

仮に、慰謝料を300万円請求した場合、24万円の着手金が発生し、仮に300万円が判決で認容されれば、48万円の報酬金が発生します。弁護士報酬は、合計で72万円(税別)ということになりますが、勝訴すれば、概算228万円を受け取ることができることになります。

なお、前述のとおり、弁護士報酬の定め方については、タイムチャージ方式を採用する弁護士もおりますので、個別にご検討下さい。また、200万円の慰謝料請求をする場合、費用は以下の通りです。

•収入印紙代:約2万円
•弁護士費用:約48万円
•費用合計:約50万円

いじめ問題の訴訟をする方法と流れ

いじめ問題を解決する手段として、訴訟以外に「示談(じだん)」という、裁判所外で話し合いの場を設けて和解するものがあります。はじめに加害者と示談を行い、交渉がうまくいかなかったら訴訟に踏み切るケースが多いです。
以下では示談・訴訟の流れを紹介します。

(1)弁護士に相談する

まず、いじめ問題を専門にしている弁護士を探し、相談・依頼をします。いじめ問題には、専門的な知識や経験が必要ですので、いじめ問題を専門にしている弁護士に相談・依頼することをおすすめします。弁護士と面談をする際は、まずは親御さんだけで行き、訴訟をするメリットやデメリットなどを把握すると良いでしょう。
その上で、子どもを含めて相談することをおすすめします。なぜなら、お子さんの意向を無視して進めてしまうと、お子さんの精神的負担が増えたり、お子さんが次に出発しようと思っても余計な足かせになってしまうことすらあり得るからです。
事前に、相談時に伝えることを整理しておくと、弁護士に受任してもらいやすくなります。弁護士は守秘義務を守ってくれるので、すべて打ち明けてみてください。

(2)証拠を集める

訴訟や示談を行うには、いじめに遭ったという証拠が必要になってきます。裁判官は、証拠に基づき、事実を認定しますので、証拠がないと、訴訟が難しいケースもあります。お子さんの言い分や第三者の目撃証言が証拠になることもありますので、言い分をメモするなどして残しておくことや有利な証言をしてくれる人を確保しておくこともしてみるのが良いでしょう。詳しくは弁護士にご相談下さい。
SNSでいじめを受けた場合は、やり取りの記録(メールやLINEのスクリーンショットなど)が証拠になるので保存しておいてください。そのほかにも、加害者に汚されたり壊されたりしたものや、けがを負わされたときの写真、診断書なども証拠品になります。

(3)相手に内容証明郵便を送る

内容証明とは、郵便物の内容、送付日や当事者などを郵便局に証明してもらえる郵便物です。内容証明が残ることによって、消滅時効を停止することや、加害者側に、事後的に「いじめの事実が確認できなかった」という言い逃れをしにくくすることが期待できます。
内容証明郵便は、いじめの被害にあった事実や証拠などを書き、弁護士から送付してもらうことをお勧めします。弁護士は、訴訟を見据えて文章を作成しますし、弁護士の存在をアピールすることで、相手に心理的プレッシャーを与えたり、本気度を示したりすることができるためです。

(4)示談または民事調停を行う

まずは示談を行い、加害者側に損害賠償や謝罪を求めるのが一般的です。示談の内容は、双方の話し合いで自由に取り決めを行うことができます。
しかし、被害者・加害者側の双方が歩み寄らないと交渉が決裂してしまうので、慎重に行いましょう。また、謝罪をしない人物に対して謝罪を強制する訴訟はありませんので、ご留意下さい。

(5)示談金の相場

示談金とは、紛争の終局的解決を前提に支払ってもらう金銭のことです。示談金の額は、いじめの内容、程度等によって事案ごとに変わってきます。いじめによる損害が少なかった場合は、0~20万円ということもあります。
他方、重大な損害を受けた場合は、その程度に応じて、数十万円~数百万円を請求することが可能です。いじめによる自殺等のケースでは、損害額が数千万円に及ぶこともあります。
示談で解決する場合、示談書(ケースによっては「合意書」など他の名前のこともあります)という書面を当事者で取り交わすことになります。通常、示談書には、当事者間でのお金の支払関係についての定め、事件のことを口外することを禁止する定め、当事者間でお金の支払以外に債権債務がないことを確認する定めなどを記載することが多いです。示談書の作成には法律に関する専門的な知識が必要になりますので、示談を行う場合も弁護士への相談・依頼をご検討いただくのが良いでしょう。

(6)裁判所に民事訴訟を提起する

「民事訴訟(みんじそしょう)」とは、一般の人が生活関係上で起きたトラブルを終局的に解決するための手続きです。
民事裁判では、加害者・被害者が原告・被告となり、それぞれの代理人である弁護士、裁判官、証人などが参加することになります。当事者が未成年者の場合、法定代理人である親が代理人弁護士に依頼して、公開の法廷で審理が行われます。事案によっては、法廷において、いじめの当事者である子らに質問をする機会もあります。
民事訴訟では、裁判官が当事者の主張を聞き、証拠に基づいて事実を認定し、法律を適用して、判決を出したり、当事者の主張をどの程度認めるかを判断したりします(慰謝料については、裁判官の裁量により定められます)。
解決の仕方としては、裁判所により判決が出されることもありますし、和解が成立することもあります。和解は、当事者双方がお互いに譲り合い、合意が形成できる場合に成立します。実際の民事訴訟では、判決ではなく和解で解決することも多いです。

実査にあったいじめ問題の判例

以下ではいじめの被害者が、実際に訴訟を起こして勝訴した事例を紹介します。

(1)大津市のいじめ事件

2011年に大津市に中学2年生の男子生徒が、いじめを苦に自殺したとされる問題です。遺族は2012年に訴訟を行い、元同級生と保護者に合計約3,800万円の損害賠償を請求。調査の結果、学校側が責任逃れやいじめの隠ぺいを行っていたことが判明し、「いじめ防止対策推進法」という法律ができるきっかけになりました。
参照元:大津いじめ訴訟、19日判決 いじめと自殺の因果関係争点|産経新聞

判決
当初、加害者と学校側は、いじめと自殺の因果関係を認めていませんでした。しかし、その後、第三者委員会の報告によっていじめの存在を認定し、和解金として遺族に約1,300万円を支払い陳謝。2019年には、裁判所が加害者3人のうち2人に対して、約3,758万円の支払いを命じる判決が出ました。
慰謝料が認められたポイント
慰謝料請求が認められたのは、一定期間にわたって重大ないじめがあったという事実と、加害者が被害者の自殺を予見できたという理由にあります。いじめと自殺の因果関係を認められ、慰謝料の支払いが認められました。
参照元:大津中2いじめ自殺裁判支援

(2)防衛大学のいじめ事件

2013年に神奈川県の防衛大学校の生徒が、上級生らに殴られたり体毛に火をつけられたりするなどの被害を受けたとして、加害者と国に計約3,700万円の損害賠償を求めました。一度、被害者の母親が学校にいじめを申告し、上級生から謝罪がありましたが、いじめは継続。被害者は過重なストレスを受け、退学に追い込まれました。
参照元:Westlaw JAPAN 文献番号|019WLJPCA02056001、防大いじめ訴訟、元上級生ら7人に賠償命じる 福岡地裁|朝日新聞

判決
一部勝訴となり、加害者のうち9名に対して、95万円の支払いが命じました。
慰謝料が認められたポイント
加害者側は、被害者が受けた行為は「指導」であると反論しましたが、裁判所は、加害者の行為が適切な範囲を逸脱した「いじめ」だと認定し、損害賠償が認められました。

訴訟にあたっての注意点

学校で起こった事件を訴訟する際は、以下2点に注意する必要があります。

(1)訴訟中・訴訟後の被害者の生活

訴訟は約1年、長い場合には2年、3年と続きます。その間、被害者は学校に居場所がなくなる可能性があります。また、訴訟後も同じ学校や近隣の学校に行きづらく、最悪の場合外に出たくないと思ってしまうかもしれません。
そのため、訴訟中や訴訟後、子どもの生活環境をどうすべきかあらかじめ相談、検討しておきましょう。タイミングとしては、被害者が卒業してから訴訟に踏み切るというケースもあります。

(2)いじめの損害賠償請求には時効があります

いじめは、民法上の不法行為に該当する場合がありますが、不法行為の時効は、被害が財産(物)だけの場合3年、被害が生命・身体(精神を含む)である場合5年です。いじめの場合、生命・身体に被害が生じていることがほとんどですので、時効は5年となることが多いでしょう。この期間は、損害及び加害者を知った時から起算されますので、いじめが発覚してから5年(3年)を過ぎた場合は、加害者から消滅時効を主張される可能性があり、その場合には、損害賠償請求をすることができなくなります(民法724条)。
ただし、怪我を負わされて後遺症が残った場合などは、後遺症が明らかとなってはじめて損害賠償を請求できるので、症状固定から起算して5年以内であれば時効により消滅しません。
時効に関する問題についても、専門家である弁護士にご相談下さい。

まとめ

いじめに対する訴訟をすると、慰謝料等の損害賠償請求といじめの事実を明らかにできるというメリットがあります。ある程度の弁護士費用がかかると考えられますが、加害者側から損害賠償金を払ってもらえれば、マイナスにはならない可能性も十分あります。
また、訴訟以外にも、示談交渉という裁判所外における解決方法があります。まずは示談交渉を行い、示談ができなかった場合に訴訟に踏み切るのが、最も金銭的・精神的・時間的負担が少なく済む可能性がある方法です。いじめの被害者が過去に訴訟を起こし、勝訴した事例は多数ありますが、以上に述べた注意点を覚えておいてください。
いじめは卑劣な行為であり、許されるべきではありません。加害者が心から反省し、いじめを二度と行わせないようにするためには、法的な制裁が必要な場合もあります。まずは弁護士に相談して、いじめ問題の解決を試みてください。